「加地くんがヴィオラを弾いてくれるって」
放課後の練習、私が蓮くんに加地くんを紹介した
「君は…この前の…」
「宜しくね」
相変わらず、加地くんは軽く挨拶する
「じゃあ5小節目から…」
蓮くんの合図で演奏が始まる
練習が始まって少し経ってから加地くんがこう言い始めた
「少し休憩しない?僕、疲れちゃった」
「え?うん…良いけど…」
了承しようとする私を蓮くんが制す
「君はやる気があるのか?
王崎先輩から聞いたが、君は昔ヴァイオリンを弾いていたそうだな…
そんな簡単に楽器を変えるような君とカルテットを組むことは俺は出来ない
もっと音楽に対して真摯に向き合ったらどうなんだ?」
加地くんは蓮くんの真っ直ぐな瞳を受け止めて、ほほ笑んでいた
「気分を損ねちゃったみたいでごめんね。
僕、そんなに音楽とか好きじゃなくて今回も軽い気持ちで引き受けたからさ
そうだね…。日野さんには悪いけど僕は力になれないよ。」
加地くんが弦を緩めて練習室を後にする
「あまり頼みたくないが土浦を入れてにしよう…
音楽性は違うが、彼の方が音楽に対して真摯に向き合っている」
蓮くんがその場をとりなすように言った
「どうして…?」
「香穂子?」
「どうしてそう思うの?何で加地くんは音楽に対して真面目じゃないと思うの?
音楽が好きじゃなかったら、あんな風に弾いてない!
あの時だって、ヴィオラを心配して雨の中来たに決まってる!
ダメだよ…一部だけで判断しちゃ…ダメだよ…」
私は練習室を飛び出して加地くんの後を追った
たぶん彼はあの場所でヴィオラを弾いているだろう…
「加地くん…」
「日野さん…練習は良いの?」
「加地くんは?どうしてあんなこと言ったの?」
加地くんが憂いを帯びた表情になる
「月森くんの音色…すごいよね…昔よりも…もっと輝いてた…
練習とか努力もあるだろうけど…やっぱり、この世界才能もあると思う
彼の音と自分の音が重なるなんて…恐れ多いよ…図々しいよ…
それに…とっても苦しいよ…」
苦しそうに…思いつめたように…自分の手を握りしめる加地くん
「そんな風に思わないでよ…自分が楽しむのじゃダメ?
音楽な好きな加地くんが楽しんでる演奏じゃダメ?
加地くんが苦しまないように…私が支えるから…
練習一人じゃ辛かったら一緒にやろう?ね?」
「日野さん…」
加地くんがギュっと私を抱きしめる
「…想いを消そうとしたけど僕は諦めが悪いから…
ダメかもしれない…昔からそうなんだ…
君のこと…好きでいても良い?」
私は黙って頷いた…
本当は困るって
困るって言わなきゃいけないのに…
私は蓮くんと付き合ってるからって言わなきゃいけないのに…
普段は他人に見せない情熱的な瞳に酔わされて
私は何も言えなかった