タリムの法









「教会でコンサート?」

「あぁ…金澤先生が言っていた…
 志水くんや王崎先輩を入れてカルテットはどうだという話だった」

昼休みの練習中に蓮くんにそんな話を聞かされた

「楽しそうだね♪私、やってみたいな。」

「君が良いなら、俺はそれで構わない。」


金澤先生にその旨を伝えに行くと

志水くんは二つ返事でOKだったけど、王崎先輩の予定が合わないらしかった


「ヴィオラが出来る人かぁ…」

普通科校舎を歩きながら一人でぼんやり考える


でも、カルテットでなくても土浦くんに入ってもらってもイイかもしれない

まぁ…解釈についての言い合いは免れないかもしれないけれど…





♪〜〜〜〜〜





音が聴こえた…


ヴァイオリン?

違う…


屋上から…ヴァイオリンより深みがあって…低音で…

それでいて温かいのに憂いを帯びた音色…



そこでは彼が楽器を弾いていた


瞳を閉じて、どこかうっとりするような瞳で弾いている彼


彼の色っぽい表情に私は…心を奪われてしまった…


「日野さん…まいったなぁ…見られちゃった?」


バツが悪そうな顔で加地くんが私を見つめる


「それ…ヴィオラ?」

前に王崎先輩に見せてもらったことがある


「そうだよ。このことは内緒にしてもらえるかな?」

「どうして…?」

「嫌なんだ…お願い…」

加地くんは弦を緩めるとヴィオラをケースにしまい始めた

そして屋上の壁の隙間に隠しだす


「そんなトコに…?」

「家でも弾いてること内緒にしてるから…
 それにここ、意外とわからないものだよ?」

「でも…」

「授業始まっちゃうよ?それともサボって二人っきりでここにいる?
 僕はそれでも嬉しいけど」


「ね…だから行こう」と加地くんは私の腕を引っ張った


もうこの話題には踏み込んで欲しくないようだった…



教室に帰った加地くんはまたいつも通りだった…

何が彼にあんな憂いを帯びた表情をさせるんだろう…

そこには踏み込ませてもらえない

いつもそうだ…

肝心な所はいつもはぐらかす…




「香穂子、今日は雨が降るから、練習は俺の家でしよう?
 君のヴァイオリンは明日、俺が持って行くから…」

「ありがとう」


いつもながら蓮くんのこういう気遣いが本当に嬉しい

蓮くんの家で練習していると雨が降り出してきた


ポツポツと降っていた雨もだんだん本降りになってきて…


「屋上も雨が降ってるよね…」

「え?」


手を止めて蓮くんが私を見る

「ヴィオラも湿気には弱いよね?」

「ヴィオラ?まぁ…そうだろうが…」


私は屋上にある加地くんのヴィオラを思い浮かべる


「蓮くんごめん私、ちょっと学校に戻るから!」

「香穂子!?」


カバンを持って急いで屋上へと走り出した


加地くんはあんなこと言ってたけど…


あの瞳はヴィオラを弾いてる時の瞳は好きだって

音楽が好きだって物語っていた




「良かった…濡れてない♪」


全然濡れてないトコを見ると加地くんはそういうことも考えて
この場所に隠したのかもしれないと改めて思う


「君がびしょ濡れだよ…」


「加地くん!?」


「放っておいて良かったのに…君が風邪をひいてしまうよ?」

屋上前の踊り場の中に入れられると
加地くんが着ていたブレザーを脱いで私にかけてくれた


「そんなこと言わないでよ…ヴィオラ好きなんでしょう?
 音楽が好きなんでしょう?
 湿気に弱いから…心配になって…」


「たとえそうだとしても…日野さんが気にすることじゃないよ…
 僕のことは気にしないで。君の体の方が大事だよ…。」

「気にしないでなんていられないよ!
 加地くんのこと放っておけないよ!」


私は自分で言った言葉に驚いた


加地くんも驚いて一瞬目を見開いた


「雨に濡れた日野さんって色っぽいね…
 普段は明るくて元気なのに…アンニュイな香りがするよ…」


「それは…加地くんの方…」


雨で冷えた私の唇に加地くんの熱っぽいそれが重なる

持っていたヴィオラを床に置かせて

更に深く口づけられる

力強く抱きしめられると冷えていた体がどんどん熱くなっていく

人の体温で温められてるからじゃない熱さ…

私の体の内からくる熱さがある

いつの間にか夢中で彼の口付けを受けている自分がいて…



お互いの唇が離れて私は加地くんにこう言った


「加地くん…コンサートに出てくれない?」

「コンサート?」

耳元で囁かれる加地くんの甘い声…それだけで…もう…

「ヴィオラがいないの…カルテット出来ない…///」

話よりも加地くんの仕草しか気にしてない

「日野さんがそれで困ってるの?
 それなら良いよ…君のためなら…出ても良いかもしれない…」


「ありがとう…///」


「僕こそありがとう…心配してくれて…優しいんだね」


優しいから…?私は優しいから、こうして来たの?


違う…


そうじゃない…


私は…










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