〜香穂子side〜
―――月森くんから離れてよ―――
あの子の言葉がまだ響いていた
私は蓮くんの傍にいたら邪魔なのかな…
「日野…大丈夫か?」
土浦くんの優しさが私の心に染みていく
「赤みは大分引いてきたけど、痛むなら氷でももらってきてやるよ」
私から離れて保健室に行こうとした土浦くんのシャツを引っ張った
「日野……?」
「私って気があるように振舞ってる?嫌われるような子?
蓮くんの傍にいたらいけないのかな…。」
不安を口に出すと瞳から涙が零れだした
「それは俺に聞くなよ…月森の傍にいて良いかどうかは月森が決めることなんじゃねぇの?」
土浦くんは違う方向を見ていたけれど私を真剣に見つめだした
「俺も…お前と月森が付き合ってるのかと思ってた…
でも、違うなら…俺と付き合ってみないか?」
思いもよらない告白に私は耳を疑った
「お前のこと…なんだかんだで気になってた…音楽もお前とならもっと良いものが弾ける気がする
同じ痛みを持ったお前となら…
月森と付き合ってないなら俺のこと考えてくれないか?」
「えっ…あのっ…」
「頬、ちゃんと冷やせよ…じゃあな」
土浦くんは赤い顔をして私を置いて行った
次から次へと色んなことが頭にインプットされて上手に処理できない
「香穂子…こんな所でどうした?」
「蓮くん」
どのくらい時間が経ったんだろう。そこには蓮くんがいた。
「来て…くれたんだ」
嬉しい…蓮くんがまたこうして来てくれたこと
「どうした?俺が言いだしたことだろう?」
蓮くんが微笑んだ
「蓮くん…お願いだから私から離れないで…一番近くにいて」
「香穂子?頬が腫れてる…何かあったのか?」
「何もない…何もないよ?そうだよね。おかしいよね私」
蓮くんに言えなかった…何も。
何でも相談していたけれど、何と言ったら良いのだろう。
“蓮くんの傍にいると迷惑?”“土浦くんに何て答えたら良い?”
着替えをするまで待ってくれて蓮くんと一緒に帰りながらずっとそのことばかり考えていた。
蓮くんの部屋でピアノをぼんやりと弾いているとヴァイオリンを弾くのを止めて蓮くんが私に話しかけた
「……土浦に何て答えるんだ?」
蓮くんの質問に私の演奏が乱れた
「知ってたの?」
「あぁ…悪いとは思ったが聞いてしまった…。」
何で蓮くんはこんな時に限って他人を寄せ付けない顔をするんだろう
それじゃあ蓮くんがどうして欲しいのかわからないよ…
「蓮くんはどう思う?」
「なにが?」
「私と土浦くん…付き合った方が良いと思う?」
蓮くんの答えで決めよう。そう思った。それが一番蓮くんを失わない方法なんだから。
「………同じピアノで同じ境遇があって…君と土浦は似ている。
演奏形態は違うが…感情を優先させるところは同じだ。」
しばらく黙ると蓮くんは私の目を見てこう言った
「上手くいくんじゃないかと…俺は思う。」
え?
「それって私と土浦くんが付き合うことに蓮くんは賛成ってことなの?」
私のことを女の子として好きだって言ったのに?
これから男として見ろって言ったのに?
「あぁ…俺も君とのことを考えてみた。俺たちは幼馴染だ…それに変わりはない
俺が思い違いをしていただけなのかもしれない。
それを恋愛だと思っただけなのかもしれない。」
「勘違い…なの?」
「だが、俺たちが幼馴染であることに変わりはないから。
今まで通り俺は君の傍にいる。
それに君が土浦にときめいたということが、土浦を好きだという何よりの証なんじゃないのか?」
琥珀色の瞳にじっと見つめられた
『月森くんのこと弄んで…気があるような振りして…独り占めしてるんじゃないわよ!』
彼女の言葉が私の胸に突き刺さる
このままじゃ蓮くんを…縛り付けてしまうだけなんだ…
私が傍にいたら…いけないんだ…
「そうだね。ありがとう、蓮くんにそう言ってもらえるなら、付き合うことにする」
心がチクリと痛かった
蓮くんを失わず、でも縛り付けない…それはこれしかないんだと心の痛みを無視した
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<あとがき>
ドロドロが好きな女・魚月…決してほのぼのにはしません。