〜香穂子side〜
「蓮くんおはよう」
私は以前のように何も言わずにドアを開けた
「おはよう…相変わらずノックをしないんだな」
蓮くんが困ったようなでも少し微笑んで言った
日常に戻れたことがとても嬉しくて蓮くんに抱きつく。
見上げると微笑んで私の髪をサラリと撫でてくれた
「一緒に学校に行こう…」
当たり前だったその言葉も特別なものに聞こえる
「蓮くん、手…繋いで」
昔みたいに歩きたくなった
お互い違う小学校に通った頃のように
「俺の手は冷たいかもしれない」
蓮くんは少し驚いて私を見ると、そう言いながら手を繋いでくれた
「蓮くんの手の温度なら知ってるよ…私があったかいからちょうど良いね」
二人の温度が調和すれば自然になる
氷が水に溶けるように私たちの体温は混ざり合った
「部活をしていくのだろう?帰りは観戦スペースに行くから…」
普通科まで私を送ってくれた蓮くんはそう言って音楽科へと向かって行った
席についた私に理奈の質問攻めがきた
「ちょっと〜今日はまたどうしたの?王子様と手を繋いで登校って見せつけてくれるね〜」
別に見せつけたかったワケじゃない
私と蓮くんは幼馴染だ
「そんなつもりじゃないんだけど…」
そう言って私は自分の過ちを思い出した
蓮くんとのこの間までの溝の原因を忘れてしまっていた…
戻れたことに喜ぶよりも、もう溝を作らない努力をしなくてはいけなかったのに
蓮くんはどう思ったんだろう…
私は怖かった…蓮くんに再び避けられることが
蓮くんを失うことが恐かった
グラウンドでチアの練習をしながらも、今日、蓮くんが本当に迎えに来てくれるのか不安になった
帰ってしまっていたらどうしよう
部屋に入れてもらえなかったらどうしよう
そのことに意識を取られてる私のせいで、私が上になる技が上手くいかなくなる
理奈が休憩するように促してくれて一人離れた場所にある水道で顔を洗った
「日野さん……ですよね?」
振り向くとそこには音楽科の制服に身を包んだ女の子が立っていた
「そうですけど…」
かわいいというより美人な印象を持った
そんな子が私に何の用なんだろう
「あなた…月森くんと付き合っているの?」
「違いますけど…」
私のその言葉に彼女は目を険しくすると突然頬を引っぱたかれた
「あんな風に慣れ慣れしくして…バカにしてるの?
月森くんのことがこんなに好きなのに…好きな子がいるからって付き合ってもらえなかった
あなたのことが好きなんですってよ!
月森くんのこと弄んで…気があるような振りして…独り占めしてるんじゃないわよ!」
彼女の言葉に私は動けなかった
蓮くんを想ってる子に直面すること…初めてだった
「月森くんから離れてよ!」
彼女が手を高く上げた。私は咄嗟に目をつぶる
引っ叩かれるかと思っていた頬に衝撃はなかなかこなかった
「そういうの八つ当たりって言うんじゃねぇのか?」
その子の手を掴んでいたのは土浦くんだった
「あなた…こうやって男の子に気があるような素振りをするのが得意なのね
私…あなたみたいな女が大っ嫌い!」
そう言うと彼女は私たちから走り去った
私は当分の間、茫然としてしまっていた
「おい…赤くなってるぞ」
タオルを水で冷やすと土浦くんが頬に当ててくれた
お礼を言うのも応えることもできなくて、ずっと彼に介抱してもらう
蓮くんのことを好きな女の子の気持ち
考えたこともなかった
その存在すら知ろうとしなかった
蓮くんを失いたくないという私のワガママが
たくさんの人の心を踏みにじってきたのではないかという目に見えない罪に押しつぶされそうだった
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<あとがき>
いやぁ…女の嫉妬って嫌ですね〜でも、だからこそ膨らむ話!
新たな形で始まっていきま〜す。