君のトナリ










〜蓮side〜




「僕たちがもっと注意していれば良かったんだけれど…」

「………いえ」


優雅に心配そうな顔をしているが本当にそう思っているのか?

ライバルが減るんだ…

俺は嫌というほどそんな光景を目の当たりにしてきた


「金やーん、早くこっちだよこっち!」

火原先輩がブンブン手を振りながら叫んでいる
どうやら金澤先生を呼んできたらしい


「あーーこりゃひどいな…」


俺が演奏するのは“サラバンド”
無意識に傷を庇ってしまうだろうし、この曲はピチカート奏法が多い…



――これじゃ棄権するしかない



「…………棄権させてください。」


俺は重い口を開いた

よりによってあの人たちの前でこのザマか…
そして嫌がらせに屈した気分になる
香穂子にも嫌な思い出を作ってしまったな…




「先生、月森くんの演奏曲を変えていただけますか?」


周囲の沈黙を破ったのは、そこにいるはずのない香穂子の声だった


「…?あぁ…まぁ…変えられることは変えられるが…」

「ヴェートーベンのヴァイオリンソナタ5番“春”に変更してください。
 伴奏は…伴奏は私がします。」


俺は香穂子の言葉に驚いた
香穂子はわかって言っているのだろうか?

「こんな形で蓮くんに棄権して欲しくないんです。お願いします。」

「わかった。変更してくるから、お前さんたちは少しの間でも合わせてろ」

金澤先生は突然の出来事にも関わらず、サラリと対応してくれた

俺は香穂子に詰め寄る

「大丈夫なのか…?」

「うん…あの曲なら、私が結構フォローできる。それに、よく二人で合わせた曲だしね」

「あぁ………そうだな。」

「蓮くんにも私と同じことで棄権して欲しくないの。
 私、今日のセレクションで精いっぱいサポートするって決めてたんだ。
 だから…伴奏させて?」

「当たり前だ。君にしか…できない」

俺は香穂子を抱きしめる

緊張で少し冷たくなっている体を抱きしめ合う

香穂子の心臓の音が伝わってきて俺のそれと重なり合う
一つのリズムになって俺を安心させる


「お熱い中申し訳ないけど、そろそろ準備しないと…ね?」

柚木先輩の苦笑しながらの言葉で俺たちはふと我に返った







〜香穂子side〜


「ピアノは何ともねーよ。俺がさっき弾いたからさ。」
土浦くんが私の頭を撫でてくれる

「土浦くん…」

「この間のと、今回ので何となくな。思いっきり弾いてこい。」

「うん♪」

土浦くんの大きな手で撫でられると何か安心する




「香穂子、即興だが時間内に編曲した。ぶっつけだが…出来るか?」

「誰だと思ってるの?蓮くんが素晴らしいと思うピアニストなんでしょう?私は。」

「頼もしいな」

蓮くんがさっきまでの緊張した顔から、優しい笑顔になる




「演奏者6番、音楽科2年月森 蓮くん ヴェートーベン ヴァイオリンソナタ5番“春”」

私の手が小刻みに震えているのがわかる
無意識に蓮くんの手を繋ぐと蓮くんの手も震えているのがわかる


だけど、二人の手をつなぎ合うとそれが自然であるかのように感じる

それが緊張ではない感じがする

一人じゃないことが段々と安心させる


「蓮くんと一緒だからコンクールでも弾ける」

「俺も…香穂子がいるから、いつもの自分が出せる気がする」

蓮くんが凛とした表情で言った

「行こう」

「うん」


私たちは一緒に舞台にあがる

いつか子どもの時した約束の通りに







〜蓮side〜






普通科の伴奏者の登場に騒然としている会場



俺は香穂子に合図する
香穂子がそれに微笑んで答える

―大人になったら蓮くんと私の二人のコンサート、開こうね―


今それが現実になっている気分だ
どちらかといえば伴奏というより合奏に近いだろう

香穂子が助けてくれている
俺の手に負担をかけないように


あぁ…君と音楽を奏でるといつもこんな優しい気分になる…
こうやって君は俺の中の壁をまた一つ壊していくんだな…



俺たちの演奏が終わった


結果は…優勝だった


「蓮く〜んやったね♪」

「あぁ…香穂子のお陰だ…」

「それより、ちょっと納得いってないって顔だね。」

「わかったか…?即興で編曲したしあまり弾き込んでもいなかった…それに…」

香穂子は俺の口に指を押しあてる

「弾き込んだでしょ?何年も…二人で。“蓮くんの音楽”が認められたんだよ?」

「そうだな…。君がいてくれたから俺の音楽が出せた。
 俺は結果より君と同じ舞台に立てたことを嬉しく思う。」


「私も蓮くんと弾けたこと、すごく嬉しい。
 ううん、蓮くんと一緒だったから人前でも弾けたの。」

「改めて言う…これからも俺の伴奏をしてくれないか…?」

「………喜んで♪」

香穂子の陽だまりのような笑顔に、彼女のトラウマが消えたことがわかった



俺はそれに満足して忍び寄る試練に全く気付かなかった








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<あとがき>
選曲はあまり合っていないかもで申し訳ないです(><)
一応、魚月なりに一生懸命選んだのですが…センス&知識があまりないため…
そして香穂ちゃん&蓮くん良かったねvvで終わらせるわけがない!!(笑)
へへ…次からはまた新たな課題が二人にくるのです





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