〜香穂子side〜
鍵盤にしたたる私の血
怖かった…
音楽の世界が楽しいだけじゃやっていけないことを痛感させられた
蓮くんも美沙ママも私がピアノを弾けないのは自分たちのせいだと責任を感じてる
だけど、結局は私が弱かったからだ
あんな嫌がらせがあっても続けることは出来るのに
蓮くんはその点強い…音楽への思いがとても強いんだ
嫌がらせをされても妬まれても決して屈しない
音楽に対する真っ直ぐな蓮くんの気持ちは尊敬する
私はもう弾きたくない…特にコンクールのような場所では
人と競い合うことなんてしたくない
私は逃げている…
蓮くんと美沙ママの前で弾けるのはそこが安全な場所だってわかってるから
受け入れてもらえる場所だってわかってるから
蓮くんの家でパパやママや蓮くんに喜んでもらえるピアノを弾ければそれで良い
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ふと前を見ると向こうから歩いてきた土浦くんと目が合った
「よう」
「土浦くん、そういえば最近グランドにいないね?」
「あぁ。コンクール期間だけサッカー部は休部することにしたんだよ。
今から練習だ」
「へぇー土浦くんのピアノ、すごかったよね。
幻想即興曲のあのフレーズとか技巧が難しいのにさ」
土浦くんがじっと私の顔を見る
「日野ってピアノやってたことあんのか?指見た時にも何となく思ったんだけど」
「あ…あぁ…昔ね昔。すぐ辞めちゃったんだけど。」
話題を変えようと私はこう言った
「土浦くんのピアノ聴いてみたい!練習ちょっと見学して良い?」
「まぁ…別に良いけどさ…聴いてても楽しくないんじゃないか?」
「そんなことないよ。何となく私の音に…」
「お前の音?」
「何でもない。まぁ良いじゃない。行こうよ。」
私は土浦くんを練習棟へと引っ張って行った
土浦くんの音なのか雰囲気なのか私と似ているんだ…何故だかわからないけれど
音楽棟に行くと聞きたくない会話を聞いてしまった
「月森の両親が招待されたんだろ?」
「もともとあいつが優勝するようになってんじゃねぇの?」
数名の音楽科の人たちが蓮くんのことを言ってる
私は堪らず口を挟む
「ちょっと!勝手なこと言わないでよ!
蓮くんは実力で選ばれたし、前回だって実力で優勝したんだから!」
音楽科の人たちが私を見る
「誰だこの女…」
「知らないのかよ?月森の彼女だろ?」
「あのねぇ!私は蓮くんの彼女じゃなくて幼馴染!
だからこそ蓮くんの努力は昔っからよく知ってる!
自分たちに実力がないからって、ひがまないでよね!」
――あ…言い過ぎた…
「なっ…んだと!」
私が突き飛ばされた瞬間、土浦くんが庇ってくれた
「大丈夫か?」
「だいじょう…」
廊下に貼ってあったポスターで擦ってしまったのか手の甲が切れている
私の視線に気づいた土浦くんは安心させるように指じゃないから平気だと言った
だけど…その血が白い廊下にポタポタ垂れる
騒ぎに気づいたあちこちの練習室の扉が開かれる
そして……あの曲が…私が弾いたあの曲が流れてきた
途端にフラッシュ・バックする
白鍵が…ドレスが…赤く染まっていく…鍵盤には私の血がついたガラス片
鼓動がどんどん速くなっていく…胸が苦しい…震えが止まらない…
「日野…?」
「いっ…いやぁぁぁぁぁっ!」
私は頭を抱えてその場にうずくまった
音楽科の男子たちはその悲鳴で走り去って行った
「日野?大丈夫か?どっか打ったのか?」
土浦くんの心配する声も届かない
「蓮くん…蓮くん…」
パニック状態の私は泣きながらその名前を繰り返す
「香穂子!どうした?」
「蓮くん…血が……血が…私の指が……もう弾けなくなる…弾けなくなるよ」
蓮くんは床の血とリストのため息を聴いて全てを察したらしかった
優しく私を抱きしめる
「大丈夫だ…指は何ともないから…。大したことないケガだからまた弾ける。
俺がいるよ…香穂子…。」
抱きしめ返す私の手に力が込められる
「日野立てるのか?なんなら…」
「触るな」
私を担ごうとしてくれた土浦くんを蓮くんが制す
「香穂子には俺がいる。」
蓮くんは私を抱き上げるとそのまま家へと連れてってくれた
「落ち着いたか?」
そう言って不器用な蓮くんがホットミルクを入れてくれた
「うん……蓮くんも大変な時なのにごめんね。」
「構わない…言っただろう?君の痛みは俺の痛みでもあるんだ
君が苦しんでいるなら俺も一緒に苦しみたいから」
「蓮くん…ありがとう…。ふふっ何か変な感じ。
蓮くんはずっと私が守らなきゃって思ってたのに。いつの間にか守ってもらうようになったね」
「そんなことない…俺もいつも君に助けてもらってばかりだ…
君が傍にいてくれるから音楽が続けられる。
俺が俺でいられるんだ」
相変わらず…ストレートな表現な蓮くん…
あれ…私、なんか忘れてることが……
「あーーーっ!土浦くんにめちゃめちゃ悪いことしちゃったよ…どうしよう!!
手も怪我させちゃったし」
「…………土浦のこと気になるのか?」
「当たり前じゃん!だって私が音楽科の人たちに絡んだばっかりに迷惑かけちゃったんだよ?
私のこと庇ってケガしちゃったんだもん。それなのにお礼も言わないできちゃってさ…
どうしよう…怒ってるよね」
「別にちょっと切ったくらいだろう…しかも手の甲だった。
それに香穂子を庇えなんて誰も頼んでない。彼が勝手にしたことだ…。」
――な…に?蓮くん、いつもと言ってることが矛盾してない?
「蓮くんどうしたの?演奏家には手が大切なことわかってるじゃない」
「………悪いが、練習したい。独りにしてくれないか」
蓮くんに突然冷たい目で見られた
普段、私には見せない他人を寄せ付けない瞳で…
「あ…うん。ごめん。」
私は蓮くんの家を出て自分の部屋に戻る
練習の邪魔しちゃったからかもしれない
今回はパパと美沙ママが来るんだし、蓮くんのプレッシャーは相当だろう
「よしっ!できる限りサポートするぞ」
とりあえず夜食を作ってあげることから始めることにした
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<あとがき>
はぁ…///蓮くん…好き…vv
そして…そして…土浦くんファンの方、ホンっとに申し訳ない!!!(><)