〜蓮side〜
あれは中学2年生の頃
香穂子が母さんの推薦でジュニアコンクールに出ることになった
「はぁ…やっぱり緊張するよ…」
「いつも通り弾けば大丈夫だ」
演奏前に香穂子に話しかける
香穂子は白いワンピースドレス、髪をアップにしていて
普段と違う装いが俺の心を動揺させた
「うん。一生懸命、頑張る。」
香穂子の順番は演奏順は最初だった
弾くのはリストの“ため息”
俺はその様子を舞台袖で見る
甘美で優雅な旋律の中にも香穂子らしい温かなメロディーが残っている
曲が中盤にかかって高音から低音へと流れる旋律を奏でる瞬間
香穂子の演奏がピタリと止まった
白い鍵盤が段々と赤く染められていく
それは香穂子の指先から出ているものだった
「香穂子!」
俺は関係者の制止を無視して香穂子を抱き寄せた
「蓮くん…手が…手が…」
香穂子の右手の指先から血が流れ白いワンピースドレスも段々と赤く染まっていく
当然、演奏はそこで中止
原因はピアノの鍵盤内部にガラス片が混入していたことだった
その後、別のピアノで演奏会は続けられ、代議士の娘が優勝した
母さんは主催者に抗議した
「どういうことなんですか!
鍵盤をチェックしていればこんなこと起こらなかったはずでしょう?」
主催者はバツが悪そうな顔でこう答えた
「浜井さん…検査はしたんですよ…
ですが、直前に代議士の鶴田先生がチェックしたいと言われましてね…
あなたも演奏家ならわかるでしょ?スポンサーの大切さを。
実はこのジュニアコンクールは出来レースみたいなものだったのですが、
まぁ…最初はあなたの推薦した娘さんでしたし…例外でしたから…たぶん…」
そしてその後の言葉を濁した
つまり、これは最初から代議士鶴田のご機嫌をとるために、
その娘を優勝させるためのコンクールだった
だがそこに有名なピアニストの母さんの推薦の香穂子が現れた
もう実力はわかっているようなものだ
だからこそ演奏できないように仕組まれたのだ
怒りに震えた母さんはその後、代議士に謝罪を求めに行った
だが、証拠も何もない。
追い返された挙句、日本でのコンサートが次々と中止になった
他でもない鶴田が圧力をかけたからだ
香穂子は自分のせいだと責めた
それから白い鍵盤を見ると、その時のことを思い出して恐怖でピアノが弾けなくなる
母さんもこの時から更に香穂子を溺愛するようになった
――中途半端な実力が迷惑をかける――
俺はこの時ほど“月森”というブランドを呪ったことはない
香穂子が普通に出場していればこんなことはなかったんじゃないか
そしてそれと同時に、香穂子には手を守ってもらったくせに
結局は彼女を守り切れなかった自分の不甲斐無さを感じるんだ
香穂子を月森と関わらせたのだって自分だ…
俺が香穂子と出会わなければ香穂子が傷つくこともなかったんじゃないか
そんな考えがいつも心の片隅にある
それを…それを打ち消したいからこそ俺は練習する
月森を乗り越えるためにそして、香穂子自身のトラウマを和らげるために
そして何より、香穂子が俺と出会って良かったと思ってもらえるために
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<あとがき>
最初に…鶴田さんという苗字の方が読んでらしたらごめんなさい…
テレビに鶴田真由さんが映っている時に書いたからです…(><)何の恨みもありません。
あと魚月が気になるのは…大したことないじゃんって思われたらどうしよ〜〜〜〜〜ってこと
何気に小心…。
第一の見せ場だと思っているのでドキドキです! GW半ばに楽しんで頂けたら幸いです♪