〜香穂子side〜
「梁、今日何時に待ち合わせする?」
「そうだなぁ…俺は17時ぐらいまで練習してるから、それくらいにエントランスで」
「わかった♪」
そう言って教室に行こうとした
「ねぇ、あれって月森くんじゃない?」
そんな黄色い声が耳に入る
「…う…そ…」
私は自分の目を疑った
そこには紛れもなく彼―――月森蓮がいたから
バサバサバサ
私は思わず持っていたテキストを床にばら撒いていた
その音に気がついた月森くんと目が合った
逸らせない…
昔と変わらない色素が薄い茶色の瞳…
どこまでも自分の意思を貫く
その真っ直ぐな瞳から
「ったく、何やってんだよ」
立ち尽くしている私を見かねて、梁が振り返ってそれを拾ってくれる
「土浦くんって本当に彼女思いだよね〜」
周囲の声に月森くんが反応する
「……彼女?」
「そう!日野さんと土浦くんはヴァイオリンロマンスのカップル!
一緒に住んでるしラブラブだよね」
――お願い、もうこれ以上言わないで!月森くんには知られたくない!
何故かそんな思いが私の中で反芻する
梁は照れたようにそっぽを向いて私にテキストを渡すと
「俺はこっちだから…」
と自分の教室に向かって行った
私も月森くんもその場から暫く離れられなかった
「…久しぶりだな」
暫くの沈黙のあと、彼が口を開く
「…うん」
今の私は動揺して何の言葉も思いつかない
聞きたいことは山ほどあるのに…
「飛び級で向こうの大学は卒業できたんだ
向こうの若手コンクールでも優勝した
今度、開かれる日本の若手音楽家コンクールに出るために日本には戻ってきた
ここの学長の厚意で君たちと同じ学年から編入することになったんだ」
私が聞きたいであろうことを淡々と教えてくれた
「そう…」
私はそう言うしかなかった
彼を見つめていると苦しくなる
どうして…?
もう…
もう終わったはずなのに…
いつもと同じ教室
彼がいるというだけの変化なのに
どうして…?
こんなに心が乱されるんだろう?
月森くんはそれは話題の的だった
だけど周囲の喧騒なんて全然気にしない自分のペースを貫く人…
私の気持ちを察してくれなかった
自分の夢だけに生きてる冷たい人…
そうだ…彼は冷たい人だ
私と梁が付き合ってることを知っても顔色一つ変えなかった
その時、自分の気持ちにハッとする…
―――私は何を期待していたの?―――
やめよう…彼のことを考えるのは
日本の若手音楽家コンクールには私も出ることになっている
彼はライバルだ
きっと相当腕を磨いたに違いない…
引き離されないように練習しなくては
私は自分をそう奮い立たせると練習室へと向かった。
今練習している曲はチャイコフスキーの「ロミオとジュリエット」
情緒的な音楽だからと梁が選んでくれた。
「ふう…」
何時間弾いただろう…
外の空気を吸いたくてふと窓を開ける
二階にある練習室から入ってくる風は気持ちいい
ふと窓の下に目を向けた瞬間私はその場から動けなくなった…
窓の下には彼がいたから…
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<あとがき>
いよいよ回り始める恋愛関係図!
いやぁ〜こんなキャラの魚月と書いてる内容が全然ちゃいますな!
ある意味ギャップのある女・魚月☆(たぶん誰も興味ないと思いますが…)
今までは梁太郎×香穂ちゃんでしたが、いよいよ蓮くんが絡んできます〜
ここから動き出しますよ!!