Point of No Return〜戻れない路〜












〜香穂子side〜




若手コンクール当日


気まずくて梁の伴奏は断った

以前のように森ちゃんにやってもらうことにした




梁とのこと…月森くんのこと…考えると心が不安定で集中できない

思うように弾けないよ…どうすれば…

――香穂子…力を抜いて…君の良さが出なくなる――


月森くんの言葉が心を包む




精一杯弾こう

指導してくれた月森くんのために

今まで支えてくれた梁のために





結果は月森くんが優勝で私は2位だった




残念だけれど、月森くんの実力は、やはりさすがという感じで悔しくない


「おめでとう。」

「ありがとう…君の演奏も良かった。君らしさが出ていた。」


月森くんに褒められることは本当に嬉しい




私たちはあっという間に記者たちに囲まれていた

何しろこれは日本でも最も大きいコンクールだったから



当たり障りのない回答をしてその場を立ち去ろうとした時、
記者の一人にこう言われた

「では、最後にお二人で合奏していただけませんか?」


「え…?」



私は戸惑った…梁も来ているから



「構いません」

てっきり断ると思っていた月森くんが即答した



「では…アヴェ・マリアを」


―私たちが一番最初に合奏した曲…

―私が初めてあなたの音色に魅かれた曲



しばらく合わせてないのにやっぱり寸分の狂いもなくて


私達の音が溶け合って…私を…私の心も溶かしてしまう



あなたの魅力に…




合奏が終わり控室へと戻ろうとした私を月森くんが引きとめる


「香穂子、コンクールも終わったし俺は1週間後にドイツに戻る」

「そう…」

「君も来ないか?」

「えっ?」
「君なら向こうでもやっていける。俺と海外を周ろう。
 これは飛行機のチケットだ…」


月森くんから封筒を差し出される

「あの時、君に待っていろと言わなかったこと…後悔していたんだ…
 俺の気持ちはずっと変わっていない…君が好きだ…」

「月森くん…でも…私は」

「土浦と付き合っていること、わかっている。
 俺のことを少しでも思ってくれているなら来て欲しい。
 演奏場所は転々とするし、ずっと傍にいられないが…俺たちはずっと心で繋がっているから」


月森くんが切ない瞳で私を見つめる
視線に耐えられなくて…思わず逸らした


「少し…考えさせて?」


「あぁ…良い返事を待ってる」




月森くんからの思いがけない告白に私の心がめちゃめちゃになりそうだ…



どうしよう

どうしたら良い?











会場を出ると梁が待っていてくれた



「おめでとう…頑張ったな。」


優しく頭を撫でられた


「でも…優勝できなかったよ」

「別に良いだろ?お前の演奏は本当に良かったよ。
 好きなもん作ってやる。」

こうして梁とちゃんと話すのも久しぶりかも

「じゃあ、ハンバーグが良い」

「相変わらずガキくさいもんが好きだな」

「うるさいな〜自分だってハイジ見ながら泣いたくせに」

「なっ泣いてねーよ!」

「うるうるしてたじゃん。」

「やっぱハンバーグはなし!レバーにしてやる」

「やっ嘘うそ!お願いします!」



そう、こういうやり取り昔から変わってないんだよね

やっぱり楽しいな…



ちゃんとハンバーグにしてもらって
梁とリビングに座ってテレビをみる


「ねぇ…梁」

「ん?」

「月森くんとのこと聞かないの?」


私はずっと彼との間で気まずくなっていた原因を切り出した

梁はふと真面目な顔に戻るとこう答えた


「もう良いよ…俺も悪かった無理に抱いたりして…
 何となく不安だったんだよ…
 まぁらしくねぇけど嫉妬してたみたいだな。
 月森と過去に付き合ってて初めての男だったのかもしれないけど
 重要なのはそこじゃなくて…今だろ?
 お前は俺と付き合ってる…それで十分だ」


「な?」なんて梁の爽やかな笑顔で見つめられる


「梁…梁はもし留学できるってなったらどうする?」

「行かないな。」


しばらく考えてからキッパリと言い切る


「どうして?」

「別に日本でも音楽はできるだろ。お前の傍にいたい
 俺はどこでだって自分の実力で勝ち上がってみせるぜ?」



そうかもしれないけど…



私は月森くんに…

――「君も一緒にこないか?」――


月森くんに言われた言葉はとうとう言い出せなかった











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<あとがき>
蓮くんと土浦くんからの想いを受けて…香穂ちゃんの決断は!?
次回はいよいよラストです!



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