Point of No Return〜戻れない路〜














〜香穂子side〜




月森くんとの約束の日がやってきた


私は空港へと向かう




ゲートで彼の姿を発見した



「香穂子…良かった。来てくれないかと思っていた。」


月森くんがホッと胸をなでおろすような顔をした



私は彼にチケットを返す


「…一緒には…行けない。」


月森くんの頬が強張る

「なぜ…?」


「もう…私たちは終わっているから…もう私たちは思い出だから…」

月森くんが私の手を握りしめる

「君も俺も…俺が君を愛しているというこの想いも…こうして今、存在している…過去じゃない」


「私たちは一度愛し合った…でももう終わってしまった…高校時代には戻れないの
 私には今まで月森くんとじゃない…梁と過ごした日常がある…
 それをなかったことにはできないの」


「だが…君と俺の合奏は変わっていない…昔と何も…
 それが君の想いではないのか?俺を想ってくれている君の本心ではないのか?」


そうだ…確かに月森くんへの想いは変わっていない
でも…もう違うの…


「月森くんと別れて寂しかった…誰かに傍にいて欲しかった…それを支えてくれたのが梁だった
 これからも私の傍にいてくれる…私はそんなに強くない…ううん…卑怯なの」


「香穂子…俺は…」


月森くんは荒げた声を一旦押さえてこう続けた


「俺は…終わった恋に夢を見続けていただけなのか?
 初めての恋に理想や幻想を膨らませて君を忘れられないようにしているだけなのか?」

握りしめられていた手が段々と力がなくなっていく

「君を愛しすぎてしまった…もう…どう気持ちを整理していいのかわからない…」



この人を傷つけているのがわかる

気をもたせるようなことをした…思い出を蒸し返した

終わった恋に夢を見ていたのは私も同じだ


時が経ってもあなたを想う気持ちは変わらない

だけど…それは日常ではなくなってしまった

思い出になってしまった




私はケースから自分のヴァイオリンを手に取ると彼に渡した

「私は傍には行けない…だから…私の…私の音楽をあなたに捧げる」


「君の音楽?」


「もう…弾かない…大事なヴァイオリンを大事な音楽を月森くんに捧げる」


あなたを傷つけたのなら私も同じ痛みを感じたい…
ううん…それ以上の痛みを自分に課したい

音楽を受け取って…あなたに指導された私の音楽を
あなただけのものとして閉じ込めて




「それは俺の望むことじゃない…君が俺にくれると言うなら俺もこれを君に」


月森くんはケースから自分のヴァイオリンを取り出すと私に手渡す


「離れていても…君と俺の音がこれで一つになる…君は君の思うように音楽の道を進んで欲しい」


「月森くん…」


「香穂子…そんな瞳で見つめられたら…君をさらってしまいたくなる」


月森くんの琥珀色の瞳に映る私が泣いている

――離れたくない――


そう告げているように…


「君を忘れない…忘れられるわけない…俺はそんな中途半端な恋をしたわけじゃないんだ…」


「………っ」


彼の想いに涙が溢れて止まらない
泣いてはいけない…泣く資格なんてない…わかってる…
でも…何で時を戻せないんだろう…戻りたい…あなただけを愛していた頃に


「泣かないで…君が胸を痛ませる時、どんなに離れていてもその想いは俺も同じだから…
 涙を拭いて…俺が好きな香穂子の笑顔を見せてくれないか?」


笑顔を見せたい…愛しい貴方に…



「香穂子、体に気をつけて」


「……っ月森くんも」


恋焦がれた琥珀色の瞳…凛とした姿勢のあなたにもう二度と会えないのだろう


私は彼のヴァイオリンで“愛の挨拶”を奏でた


彼の乗る飛行機に向けて…彼にはきっと届いているだろう…

離れていても彼の音楽と一体になっているのだから







5年後、今日は私と梁の結婚式

梁は日本で有名なピアニストとして活動をしている

運営したピアノ教室も順調だ




「香穂〜おめでとう♪写真は任せてね!」


「ありがとう菜美」




私はヴァイオリニストになった日本を中心に活動している
梁に支えられて自分の道を進んでいる

彼からの音楽を広めている

あなたは喜んでくれますか?










俺は今日、コンサートの最後にこの曲を奏でる



「私の大切な人が今日、人生で大切な時間を迎えるので…」


ヴァイオリン奏者になるとしてしか生きてこなかった俺を許して欲しい

君の寂しさに気づいてやれなかった


心が繋がっていれば良いと思っていた




俺が奏でるのは“愛の挨拶”…

君のヴァイオリンでこの曲を奏でる

君に届いているだろうか




君の笑顔が俺の瞳に浮かぶ




――離れていても君と俺の音が一つになるから――






〜FIN〜












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<あとがき>

好きの気持ち…思い出の中での愛情と今の愛情があると思います。
過去の恋愛には戻れない…これは魚月の持論です。
月森くんも思い出として愛しているけど、
結局は生活の一部になっている土浦くんを選ぶ香穂ちゃん…。
なら期待させるようなことを…と思う方もいらっしゃると思います。
けれど、過去の恋愛に…綺麗な思い出に揺れてしまうのが人間です。
ちょっとズルいかもですが、そんな心情をこれで表現してみました

実はこれがコルダ初書き!最初はあんまり人気ないなぁ〜と思ってましたが
回を重ねるごとに、感想をたくさん頂いて、本当に感謝感謝ですvv

そして連載中に、双方のファンの方からこちらとくっつけて!というお声を頂いてたのですが
実はラストを最初に決めてしまうタイプなので、添えられないお声もあり…
本当に申し訳ありませんでした;

それなのに、どちらとくっついても読みます!というお声を頂いて本当に嬉しかったです♪


こんな結末なので、正直、ドキドキしていますが、みなさまに満足していただけたらと
思っています。


連載をずっと読んでくださいましてありがとうございました。

心より感謝申し上げます


桜藤 魚月