マイ・フェア・レディ
〜番外編〜香穂子と雅の出会い
「うーーん、やっぱり屋上は気持ちいい」
少し前までは
京都…といっても山奥に一庶民として
野山を駆け巡ってた私が
こーーんなお嬢様学校に居るのは
場違いも甚だしい訳で…
留守にすることが多い祖父が
安心だからと私を想って
勧めてくれた女子校だけど
なんだか未だに馴染めない
「香穂子ちゃん〜!」
「あ、雅ちゃん」
彼女は柚木雅ちゃん
迫力美少女で一緒にいると少しドキドキする
なんでも超お嬢様らしいけど
雅ちゃんも堅苦しい雰囲気は息が詰まるらしく
お互い意気投合して、今では親友だ
「それで、お婆さまったらね!」
雅ちゃんの家のお婆様は厳しい人らしく
小言が多いのだそうだ
うちのおじいちゃんもその世界では有名な人らしいけど、
家には規制がなくてつくづく良かったと
雅ちゃんの話を聞いていると実感する
「そうだ、駅前のケーキ屋さんに寄ってかない?」
「ええ、行く行く」
雅ちゃんみたいな美少女と友達になれただけでも
私の中学生生活は万々歳なのではないかな
なんて思ってしまう
「ケーキ屋さんこっちだよ〜」
香穂子ちゃんが案内してくれる
彼女は日野香穂子ちゃん
栗色の大きな瞳が印象的
私と違ってストレートな髪が
サラサラと風になびいて羨ましい
ケーキをおいしそうに頬張る
香穂子ちゃんの笑顔を見ていると
私たちが出会った時のことを思い出す
聖蘭女学院
お婆さまの母校だからと入学させられた
私には特に行きたい所もなかったし
お婆さまは柚木の家で女王様だから
誰も逆らえない
学校には名家の人たちばかりだった
―雅さんって素敵ね―
―今度是非いらして―
―本当にお美しいわ―
聞き飽きた
上辺だけの会話
社交辞令
わかってる…
それで円滑に人間関係が進むってことも
でも、家でもそう
私がヴァイオリンを弾こうとした時だってそう
お父様もお母様も賛成してくださったのに
「女の子はピアノです」
その一言でピアノに決まった
みんなお婆さまのご機嫌を伺ってる
もう…上辺だけの世界なんて
いや…
♪〜〜〜〜
ヴァイオリンの音が聞こえる
「屋上からだわ」
ドアを開けると一人の生徒がいた
「とてもお上手なのね」
私は笑顔で社交辞令を言った
「そうかしら?まだ練習したばかりなのに」
「そんなことなくてよ。
とてもお上手でしたわ。」
私は続けて社交辞令を言って
その場を立ち去ろうとした
「本当に?」
彼女の無邪気な笑顔に動けなくなった
「じゃあ、曲が弾けるようになったら
一番にあなたに弾くわ」
「ええ、楽しみにしていますわ。」
『一番に弾く』なんて
あの子もちゃんと社交辞令をわかってる
当然よね
お嬢様学校の生徒なのだから…
それから二週間が過ぎた
―今度ご一緒しましょう―
―おいしかったの―
―本当にお似合いだわ―
何が本当なのだかもわからない
肯定することしか
この人たちの中にはないのかもしれない
“お友達”はたくさんいるけど
私は独りでいるような気分になる
「あっあなた!」
手を掴まれた方を見ると
この間の屋上の生徒だった
「宜しいかしら?」
彼女に連れられるまま屋上へと行く
♪〜〜〜〜〜
アヴェ・マリア
まだとても拙くて、途中何回もつっかえていた
私が聴いたオーケストラの音とは程遠いけど
「あたたかい…」
私は自然と泣いていた
「どうなさったの?」
泣いている私を彼女は心配そうに見つめる
「本当に弾いてくれると思わなくて…」
「え?」
彼女は不思議そうに首を傾けると
こう続けた
「だって約束したじゃない?」
彼女…
香穂子ちゃんの笑顔は
演奏と同じように暖かくて
ホッとする
私は香穂子ちゃんに抱きついて泣いてしまった
それから香穂子ちゃんと色んな話をした
香穂子ちゃんは、お嬢様学校に不慣れなこと
こんな話し方も得意ではないこと
そして社交辞令が苦手なこと
嬉しかった
私と香穂子ちゃんは親友になった
「雅ちゃん?聞いてる?」
「ごめんなさい。ちょっと考え事してた。」
「もう〜あ、イチゴもーらいっ」
「あぁっ!残しておいたのに!」
ふふっと笑う香穂子ちゃんの顔は
いつも変わらない
私の中に陽だまりを作ってくれる
ホント、大好き
社交辞令じゃなく心の中でそう思った
次へ
前へ
|