マイ・フェア・レディ












「おかえり」


いつもは一緒に帰ってくるのに、その時ばかりは俺は先に帰ってきた


「梓馬…教室にいなかったね。やっぱり先に帰ってたんだ」

少しオドオドしながら香穂子が俺に話しかける


「何か弾けよ」

「え?」

「ヴァイオリンで何か弾けよ」

俺はぶっきらぼうに言った


「うん……フォーレが良い?」

香穂子はケースからヴァイオリンを取り出すと音色を奏で始めた


フォーレの“出会い”


その詩のように、俺はお前に初めて会ったとき
俺の心は悲しく沈んでいた
お前は俺が空しく追い求めていた夢
俺の空虚な心を照らしてくれた



香穂子が弾き終わった後、俺は言葉を発した

「柚木の家を出た俺にはお前の人生を看てやる力がない」

香穂子が何を言いだすのかと俺をじっと見た

「皮肉なものだな…柚木の家にいて未来がないと思っていたのに
 家を出ても未来がない
 俺は結局、駒にしかなれないんだ…」

俺も香穂子の方へ向きあう

「だから…お前がきちんとつり合える男を選ぶことだってありなのかもしれない
 俺はお前の幸せを願っているから…
月森のようなきちんとした家柄の男を選ぶのは良いことだと思う」

「梓馬が何を言いたいのかわからないよ?」

「だから、俺は金も力もないから、月森のようなボンボンに行けって言ってるんだよ
俺の家が金持ちだとしても俺の思い通りにはできない
 お前は俺が育て上げた若紫だ。どんな男も放っておくはずがない
 お前の家のためにもその方が良いと思う」

「梓馬はどうするの?」

「俺は家に戻る…結局、家を嫌がっておきながら、その力に俺は頼っていた
 駒になる未来から逃れられないとわかったからな」


香穂子が俺の方に頭を乗せた


「じゃあこうすれば良い?私も家を出れば良い?二人で遠くへ行こう」


今度は俺が香穂子が言ってる意味がわからなかった


「家、家って梓馬は家しか気にしないの?
 私の幸せを願ってるのに、私の心はどうでもいいの?
 こんなに梓馬が好きなのに」


香穂子が俺の手を握りしめた


「だから私も家を捨てる。そうすれば家のためとか関係ないでしょ?
 私を…私だけを見てくれるでしょ?」

「お前…俺が好きなの?」

何回も言わせたその言葉…それなのに俺は改めて聞いた

「好きだよっ…こんなに悩ませておいて…今更なに言ってるの?」

香穂子が俺を押し倒すと唇を重ねてきた


「“後にも先にもお前に触れて良いのは俺だけだ”って言ったくせに
 いつも私の意見は無視して自分の好きなように私を縛りつけるくせに
 こんな時だけ私の幸せを願うなんて…他の男のトコに行けなんて…そんなこと言わないでよ」


俺の頬に香穂子の涙が落ちてくる

縛り付けられてるのは俺だけだと思ってた
お前に初めて出会った時から、俺はお前の魅力に縛られていたのかもしれない
そしてお前も俺に縛られてる…その事実に胸のつかえが取れていく


それにしても香穂子があんなことを言うなんて…

俺の中で何かが取り戻せた気がした


「フッ…お前、こんな体制で俺のこと誘ってるの?たまには自分からしてみろよ。
 俺はお前の意見を無視して自分の好きなようにするんだから拒否できないよな?」

香穂子は涙が引いて少し茫然とすると顔を真っ赤にした

「俺様なんだから…」


毎日していたハズなのに、何か月もしていなかったような…
心まで抱き合える…久々にそんな夜を迎えられた











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<あとがき>
というわけで、やっと仲直りです。今までいじめてごめんよ…;
ということで更に次の展開へ…;柚木さま好きです!





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