マイ・フェア・レディ












「おはようございます、柚木さま」


「おはよう」


いつも通りの外向きの笑顔で俺は過ごす


だけど

俺はもう“柚木さま”じゃない


家の方には松平天龍―つまり香穂子の祖父が話し合いに出向いてくれた


高校卒業までの学費は家が出すことになった

いくら絶縁すると言っても、それはしてくれるようだ


あとは松平天龍…香穂子の実家に面倒を見てもらってる


平安時代も、男が女の家に面倒を見てもらっていた…


「フッ……情けない」


誰もいない屋上で一人呟いた



アダージオを奏でると幾分か気分が落ち着いてくる




「梓馬……?何かあった」


いつの間にか屋上に来ていた香穂子に話しかけられる


「感情を解放した……それだけだよ」


「うん……」


香穂子が心配そうに俺を見つめている


「別に……何も後悔してない」


そうだ…後悔してない…


「うん……わかってる」

香穂子が従順そうに頷く


「それなら、そんな顔するな」


香穂子に余計な心配をかけたくない……


心配…?

してるのは俺の方じゃないか?

そんな心の声が聞こえてくる


違う…後悔も心配もしていない…

愛しい温もりが欲しくて俺は香穂子へと手を伸ばす


彼女の髪を撫でるとさらりと俺の指から抜けていった



こんな風にお前も……





俺は香穂子を力いっぱい抱きしめた


「梓馬…?」


とてつもない不安が襲ってきて
香穂子に口づけるとシャツを上げて服の中に手を侵入させる


「な……やだ…ここ学校だよ?」


「だから何だよ…いいだろ…」


下着の中に手を入れようとする俺の指を香穂子が懸命に止める


「やだ…誰か来たらどうするの?」


「さぁな…誰も来ないだろ?」


俺のこの不安をどうにかしてくれ…


「やだ……昨日もしたでしょ?やめてよ…」


とうとう香穂子が泣きだした


「萎えることするな…お前は俺に抱かれたくないわけ?」


「梓馬こそ…そのことばっかり……」


乱れた着衣を整えると香穂子が屋上を後にする



「そのことばっかり……か」



それだけお前が必要なんだ…

どんな手段でお前を繋ぎ止めれば良いのかわからないから…


こんなにも…


こんなにも…


余裕がなくなってるんだよ



「気づけよ…バカ…」



俺はフェンスに寄り掛かると力なく呟いた


ギシッ


その時に軋んだフェンスの金属音は
俺の余裕も…自信も…
壊れ始めていることを象徴するかのようだった







************************************
<あとがき>
なんだかんだ言っても、不安な柚木さま。
そしてその不安をさらに増長させることが…いや…人物が現れます!
って、ほのぼのにするってあれだけ言ってたのに、
結局は波乱になってしまう自分に反省





次へ
前へ