マイ・フェア・レディ
ここは腹をくくるしかない
伊達に“優等生”の仮面を被ってるワケじゃない
そう俺は覚悟を決めた
「おじいちゃん、お待たせ♪
梓馬だよ。すごいかっこいいでしょ?」
「初めまして。柚木梓馬と申します。
今日は突然ご夕食まで頂くことになりまして申し訳ありません」
俺は努めて優等生フェイスで言った
「柚木くんねぇ…」
そう言って俺を一瞥した
初めて見る松平天龍はいかにも職人といった感じだ
いるだけで、威圧感がある
ぽやっとした香穂子とは正反対だ
これじゃあ、わからないはずだな…
「おじいちゃん!
そういう怖い顔はやめてって言ってるでしょ!」
香穂子が頬を膨らませて怒る
「ごめんな香穂子」
俺はええっ?と言いたいのをグッと抑えた
香穂子に言われた瞬間、同一人物か?と思いたくなるほど
表情が一気に柔らかいものへと変化したからだ
これなら上手くやり過ごせるだろう…
俺は確信した
「そういえば、香穂子と柚木くんはどんなデートをしてるんだ?」
「一緒に演奏をしたり…他愛もない話をしたりしています」
完璧だ…やはり俺が築きあげてきた優等生フェイスは完璧だ
「あとはえっちなことするでしょ?」
俺は凍りついた
松平天龍の表情も一気に険しくなる
「雅ちゃんも言ってたもん。
お兄さまがそんなに手が早いなんてって。」
あ、雅ちゃんっていうのは梓馬の妹さんで私の親友なのと
それまで牡蠣に夢中になっていた香穂子が説明する
だからか…雅の態度が最近よそよそしい気がしたんだ
まさか!詳しい内容まで言ってるんじゃ…
それは、ないよな
いや…こいつのことだからわからない
雅に…妹にそこまで話すわ…
お祖父さんの前でそこまで言うわ…
俺の立場を考えろ!
俺の中で何かがキレた
「お…お前、雅にそんなことまで相談するな!」
「なんで?親友だよ?」
「お前にとっては親友でも俺にとっては妹なんだよ!
妹にそんなこと知られたくないってのがわからないのか?
言って良いことと悪いことを考えろ!
そういう話は人には話さない事だ!
それが淑女としてのマナーだろ!!
お前は何でもかんでも素直に言いすぎなんだよ
まぁ…確かにそこが可愛い所だけど…
それは俺だけにしてれば良いんだよ!
いいか?誰かに言う前にわからないなら俺に言ってからにしろ!」
堰を切ったように話してから俺は思った
――しまった…
そんな俺の内情を知らない香穂子はしばらく考えると
「う〜ん、わかった。
今度から、ちゃんと梓馬に相談してからにします。」
「だから、ごめんね」とかわいい瞳で見つめられても…
俺は隣にいる松平天龍へと視線を泳がせた
「香穂子、焼酎を持ってきてくれないか?」
「うん」
香穂子がいなくなってシンと静まり返った部屋
俺にも緊張が走る
あいつといるとあいつの温もりが一杯のこの家にいると
“俺”を解放してしまう
途端、松平天龍が笑いだした
「いやぁ、柚木さんの家のお坊ちゃんと聞いて
どんな軟弱な男かと思っていたけど面白みがある男で良かった」
いきなり饒舌になった松平天龍が続ける
「実は香穂子に恋人がいることは前から知っていたんだ
大事な孫娘だからね。
もちろん、君だということも知っていた。
君と出会って、香穂子は本当に変わった。
あんな名門校に入れたは良いが本当は心配していたんだ。
だけど、君に色々指導してもらったらしいね。
それで不自由なく学院生活を過ごせたのだろう。
それに、香穂子の最近の創作は大変すばらしい。
あの万年筆も君をイメージして作ったのだろう。
少し寂しい気もするけどな…。」
そう話す松平天龍の顔で
本当に香穂子はかわいがられて育ったのだと認識できる
「香穂子さんといると自分を出せます。
すごく落ち着いて…まるでここが本当の居場所だと
錯覚する時があります。
香穂子さんはあのデザインで僕が白百合だと言っていました
だけど、僕は蝶でしょう…
香穂子さんという花に魅かれている蝶だと思います。」
俺はもう仮面を被ることはなかった
「最初の態度より、今の君の方が私は好きだよ。
亭主関白な所も益々気に入った。
梓馬くん、香穂子を頼むね。
ここを自分の家だと思って構わないから。
そうだ、今日は泊まっていきなさい」
「え?」
「あぁ、もちろん香穂子の部屋にね」
――いやその心配をしたわけでは…
「いや〜後継ぎが楽しみだ」
これで安泰、安泰と松平天龍は祝い酒を飲んでいる
「おじいちゃん、お待たせ〜」
焼酎を持ってきた香穂子を俺が睨みつけたのは言うまでもない
どうやら俺は気に入られたらしい…
度が過ぎるぐらいに…
だけど嬉しかった
気に入られたのは優等生じゃない
“俺”だから
************************************
<あとがき>
いやぁ〜早くも難関を突破できて良かった良かった…ってまだまだあること
柚木ファンの皆さんならご存知のハズ…
もちろん、これからはそちらの難関に二人が挑みます!
次へ
前へ
|