タナトス







〜香穂子side〜


普通科の屋上の扉を開ける


「葵…ここにいたの?授業始まっちゃうよ?」

「う〜ん…さぼりたいなぁ…
 香穂さん、適当にごまかしておいてよ」

「またぁそんなこと言って」


私を試すような瞳で見つめる葵


綺麗に笑顔を向けられると…何も言えなくなる


普通科の屋上で葵と二人


風が吹いて私の髪をなびかせる

私の心のように…そよ風がなびいて…

どこまでも

どこまでも

私の心を乱す


葵が私の髪を撫でる


「綺麗な髪だね」


葵の瞳に私が映っていて熱っぽい瞳で彼を見つめていた


「葵…」


瞳を閉じて彼の口付けを待つ


葵は近づくと一瞬ためらって私のおでこにキスをした


「好きだよ」


目を開けると彼の色っぽい笑顔がすぐ傍にあった



遠くで始業のチャイムがなる


「授業…出てくるから」



私は屋上を後にした





苦しくて…苦しくて仕方ない


どうにかして欲しい…


この想いは葵じゃなきゃ


救えないのに











〜葵side〜




香穂さんが出て行った屋上

僕はぼんやり空を見る


雲が色んな形をしていて…僕の心みたいだ



あぁ…この中に溶けてしまいたい…


無性にそんな気持ちにさせる


この空には何もなくて


どこまでも僕を洗い流してくれる気がする

どこまでも僕を救ってくれる気がする


香穂さんはそんなことを言ったらどう思うだろう…


理解されない気持ち…かもしれない


君も僕を浄化してくれる


どうしようもない僕の穢れを洗って綺麗にしてくれる


君は…君はどこまで綺麗なんだろう


そして君はどこまで僕を惹きつけて止まないんだろう…


執着することの恐怖で押しつぶされてしまいそうだ…



今日も君をガッカリさせてしまった…

どうか僕を見捨てないで欲しい

どうか僕を見捨てて欲しい


相反する気持ちが僕の心を支配して


僕はこの空に溶けてしまいたい…

君をいつまでも眺めていられるように









〜香穂子side〜


彼の心を完全に掴み切れていない感覚がいつもある…
だから体で掴みとろうとしているのだろうか…

葵は…葵は私をどう思ってくれている?
ファン…?恋人…?どのくらい大切…?
そんな言葉を投げつけたくなる…

葵が好きだからとても不安になる

彼の傍にいればいるほど

彼に愛されれば愛されるほど

葵の綺麗な瞳に

葵の慣れた言動に

葵の色香に


酔わされてしまう


葵は女を虜にする媚薬でも持っているかのように

私を狂わせてどこまでも夢中にさせる

葵が何を考えているかわからないから

どこまでも夢中になって彼の心を掴みたくなってしまう

葵の望むことは何なのか
私にはちゃんとわからなくて
なのに私の望むことは葵にはよくわかって…
とても不公平な感じがしてしまう



葵…私にもっと夢中になって欲しい



余裕がない葵を見てみたい


私に夢中になって壊れてしまえば良い

どこまでも私を求めて…

私のことだけ考えて

私を愛して











〜葵side〜




「香穂さん、どこか行きたい所ある?」

日曜のデート。僕は香穂さんに尋ねる


「…………」


「香穂さん?」


「二人っきりになりたい」


「え…?」


「だめ…?」


「ふふっ良いよ。どうしたの香穂さん?誘ってるみたいだよ?」


香穂さんを動揺させて否定させたい


「みたいじゃない。そうなの。」


「え?」


「苦しいの…葵が好きなの…」


香穂さんに抱きつかれて僕はどうしようもなくなってしまった



僕は弱い


香穂さんを部屋に連れ込んで


彼女の素肌を露わにして

彼女のぬくもりに酔いしれた



「葵…私のこと好き?」


「好きだよ…すごく好きだよ…どうしようもないくらいに」


どうしようもないくらいに君が好きだ


君を手に入れてとても満足だ

君を手に入れてとても不安だ

また僕の中でこの想いが付きまとう


悩みが新たな悩みを

不安が新たな不安を

恐怖が新たな恐怖を



そうして僕を蝕んでいく



香穂さん…君はどこまで僕を狂わせるんだろう


どこまで君はミューズに愛された人間なんだろう


そうして君も音楽のように僕を見捨てるのか…