タナトス







彼はとても器用で…何をするにもスマートで…
私をとても愛してくれる…不満は特にないのだけれど…


「葵…これわからない…」

「香穂さんは数学苦手だからね。僕もそこまで得意じゃないけれど教えるよ」


私の恋人である加地葵…

かっこよくてフェミニスト…女性の心をとてもよくわかってくれてると思う




今は葵の部屋でテスト勉強中

もちろん二人っきりで…


ローテーブルに葵と二人教科書を広げてる

葵の香りを近くに感じて…ドキドキしてしまう


「香穂さん」

葵が優しく私の髪を撫でて頬にキスする



葵は私に手を出さない



「どうしたの?疲れた?」

葵が心配そうな顔で私を見つめる


「うっううん…違うの」

「なんて言って僕の方が疲れたんだ〜
 ずっと同じことしてると飽きちゃうよね」

ふわりと笑って「休憩しよっか?」という葵…
気を遣ってくれるこんな優しい彼に不満を抱くなんて
私はワガママなのかもしれない


「香穂さん…好きだよ」

私はハッとして葵を見つめる

葵は綺麗な蒼い瞳で私を見つめていた
優しく微笑むその笑顔に…どこまでも…どこまでも引き込まれる


「葵っ」

私は堪らなくなって葵に抱きつく
自分の心の中にものすごい波が押し寄せるのがわかる

堰止められないくらいの想い…


彼を愛しいと思う


この想い










〜葵side〜




彼女と二人きりという空間

僕にとっては幸せであり苦痛でもある


自分が掴めないものを持っている

彼女が愛しい


自分が掴めないものを持っている

彼女が憎くて仕方ない


前者は大切に…誇り高き女神を守りたく思う

後者は壊してしまいたくなる…
僕の欲望をぶつけて彼女を穢して手に入れたく思う



僕の心の中では常にこのパラドックスが付きまとっている



彼女は僕を愛してくれている…

切なげに揺れる瞳が僕に男になれと訴えている事を感じる


だけど僕は踏み込めない…


彼女を穢すことの恐怖

彼女を愛しすぎることの恐怖

彼女に受け入れられなかった時の恐怖


だけど僕は踏み込みたい…


処女の香りを漂わせる彼女に浄化される幸福

音楽のミューズに愛された彼女に愛されることの幸福

そして何より自分が情熱を傾けたモノに報われる幸福



僕の心の中では常にこのパラドックスが付きまとっている



香穂さん…そんな瞳で見つめないで欲しい…

僕はどうしたら良いのかわからない

だから中途半端に手を出せないでいる



いっそ思い切れたら楽なのに…


だけれど僕は君を愛しすぎてしまった

もう一度挫折を味わうのはイヤなんだ

だから甘んじてこの距離を保ち続ける


一定の距離を君との間に置いて僕は今日も自分の気持ちを片付ける