彼女の音色が…
耳から離れない…
会いたくて
会いたくて…
ここまで来た
「初めまして、僕、日野さんのファンなんだ」
目の前の彼女は大きな瞳を更に大きくして僕の言ったことに驚いている
「ふふっ、ついてるな〜日野さんの隣の席だなんて♪」
僕はとても嬉しかった。
探していた彼女と同じクラスで…隣の席だなんて…
これから彼女の音色をずっと聴いていける
僕が持っていないものを持っている彼女の傍にいることで
僕自身が手に入れた気になれる…
そんな甘い夢を見た
「私の音なんて…そんな褒めてもらえるようなすごいものじゃないよ?
まだ荒削りなトコあるし…」
日野さんが謙遜してそう言う
「そんなことないよ。僕、これでも耳は良いんだ。
日野さんには無限の可能性がある…音があふれ出してるよ…」
「そんな…///」
頬を赤く染めながら俯く彼女
ヴァイオリンを弾いている時は他を寄せ付けない神々しさがあるのに…
今の彼女はどうして…全てを惹きつける笑顔をするんだろう…
「日野さんの音、聴かせてよ。練習見学してたらダメかな?」
「えっ?う〜ん…練習は…ちょっと…」
「邪魔しないよ?音を聴けるだけで良いんだ」
本当はもっと…君の傍にいたいだけなのかもしれないけど…
「う〜ん…他の時にちゃんと時間作るから…じゃダメかな?」
彼女が困った顔をして聞いてくる
「加地く〜ん、香穂はダメだよ。彼氏と一緒に練習だもんね?」
「ちょっ…ちょっと///」
クラスメイトにからかわれて、日野さんが更に顔を赤く染めた
「彼氏…?」
なんだ…いるんだ…
心の中に、すごく落ち込んだ僕がいる
「香穂は、音楽科の王子さまの月森くんと付き合ってるんだもんね〜」
月森……?
「香穂子」
「蓮くん…///」
「遅かったから迎えに来た…迷惑だったろうか?」
「ううん。ごめんね。」
声がする方を見れば…
それは
月森蓮…
この名前…忘れるはずがない
「月森蓮くん?」
僕は確認を込めて彼に話しかけた
あの頃の面影を宿した彼に…
「なにか?」
淡々とした口調
「やっぱりそうなんだ。君の音色、とても素晴らしいよね。」
僕は彼を褒める…それは自分を保つために…
彼は怪訝な顔をして僕を見つめた
「どこかで俺の音を聴いたことが?
聴いてもいないのに褒められるのは不快だ。」
時間が勿体ないと日野さんの手を取って教室を後にする
「月森くんって香穂以外にはあんな態度なの。
だから気にしない方が良いよ〜」
僕を慰めるクラスメイトの声は、僕の耳には届かない
――聴いてもいないのに褒められるのは不快だ――
僕の中でドロドロとした感情が疼きだすのがわかる
音楽を手に入れている
日野さんを手に入れている
君はどこまで“法”に背くんだろう…