偲ぶ華












「おい、出かけるぞ」

重い体…傷ついた心…香穂子は柚木の声で目が覚ました


「一人で勝手に行けば良いでしょ」

柚木をにらみつけると目を逸らす

憎らしい相手を一瞬たりとも多く見ていたくなかった


「別に俺だって好きで誘ってるわけじゃない。
 社交界に行くには夫婦同伴じゃないと体裁が悪いだろう?それでも来ないか?」

「あなたの体裁がどうなろうと私の知ったことじゃない!」

柚木は意地悪く微笑むとベッドに腰掛け、香穂子を無理やり振り向かせた

「俺の体裁が悪くなるなんていつ言った?悪くなるのはお前の方だ。
 俺の言葉一つで日野家だって窮地に追いやることだってできるんだぜ?
 忘れたのか?こうして嫌々嫁いできた理由を」

忘れるわけなんてなかった

こうして好きでもない柚木に体を弄ばれるようになったのも全ては柚木家の財力…柚木家の力…
和樹が破滅させられそうだったからだ

今度は実家を同じ目に遭わせようとしている

自分の貞操をかけてまで嫁いできたというのに、まだ脅そうとする柚木にまたある感情が溜まっていく

香穂子は掛け布団を強く握りしめて怒りに堪えた




柚木好みの服を着せられて社交界に行く


元からこのような場が好きではない香穂子にとってはひどく苦痛だった

早く終わって欲しいと願うのに柚木への挨拶が絶えないせいで中々帰れない

それもこれも彼が普段とは違う顔で調子よく接しているせいだ

本当の顔をバラしてやりたい

そんな気持ちを抑えながら、新鮮な空気を吸いに中庭へと足を運んだ



和樹のためにと選んだ道…辛くないと言ったら嘘になる

それでも彼が幸せに暮らしているのなら…

そう思うと共に、そんな愛しい人の姿をこの瞳で見たいとも願った


「あらぁ…あなたが梓馬さまのご婦人なの?」

束の間の息抜きも派手に着飾った娘たちに取り囲まれる

「取り立てて良い所も無さそうだし、しかも日野家でしょ?」

「本当、どうやって取り入ったのかしら?」

「取り入った…?」

香穂子はその言葉にドレスをきつく握りしめた


「ご存知?なんでもあの日野伯爵が柚木侯爵さまにすり寄って無理やり嫁がせたんですってよ
 梓馬さまがお優しいから、仕方なくご結婚されたんじゃないかしら?」

「そうよねぇ。みっともない。同じ貴族だなんて耐えられないわ」

「恥も良いところね。
 私だったらこうして息を吸っていることもできなくて、恥ずかしさで死んでしまいそうですわ。」

「ノコノコとこんなところにいらっしゃるなんて、相当なご性格なのね?」

高い笑い声と共に散々なことを言われる

誰が好きで嫁いできたというのか

ましてや望んでもいないのに…香穂子には耐えられなかった

「…それなら、どなたか代わりになって欲しいものだわ。
 あんな男の妻になんてなりたくなかった」

さっきまでバカにしていた娘たちの空気が凍る

「あ…あなた今なんておっしゃったの?」

「信じられないわ!あの梓馬さまの妻だなんて理想を絵に書いたような幸せを手に入れているのに」

「梓馬さまがお可哀そう!こんな方が妻だなんて…きっとお優しいから騙されていらっしゃるんだわ」

騒ぎ立てる声も耳障りでしかない

あんな男の名前も何度も何度も繰り返されたくもなくて香穂子は周囲をにらみつける

「あなたたちに何がわかるの…?何も知らないくせに…」

「ま…まぁ…」

「きゃぁっ…小枝子さまがお倒れになったわ」

「そうよね…本当なら小枝子さまがご結婚されるはずだったのに」

「御家柄もぴったりでしたし、両家も賛成されておられたのに」

「梓馬さまがお選びになった方だと聞いていたけれど、騙されておいでになったんですもの
 ショックでお倒れになるのも無理のないことだわ」


「僕は騙されてなんていませんよ」


声がする方を見るとバルコニーから柚木が姿を見せた


「あ…梓馬さま…きょ…今日も麗しく…」

周囲が一気に色めき立つ


それらを軽く受け流すと柚木は香穂子の腰を持ち自分の方へと引き寄せた

「僕がお願いしたんです。彼女と結婚したいと…
 舞踏会で初めて会った時から彼女に惹かれて仕方なかった
 だけれど香穂子からは断られていて…自分が僕にはふさわしくないと言うんです」

柚木の手が優しく香穂子の髪を撫でる


「それでも日野伯爵にお願いをして許しをもらって…
 香穂子もそれを承諾してくれた時は本当に嬉しかった
 それなのに今でもまだ、自分が僕にふさわしくないと思っているの?」

憂いを帯びたような顔で香穂子をみつめる柚木の姿に黄色い声が止まない

「香穂子…そんなに自分を謙遜しないで?
 君のことを本当に好きなんだ…そうやって僕に尽くしてくれることや素直なところが…ね」


最後の言葉に香穂子は思わず柚木を見上げた

その時の柚木は美しく微笑んでいて、香穂子は頬が熱くなるのを感じた

何より、柚木から好きだと言われたのはこれが初めてのことだった




屋敷へと着くとすごい力で部屋へと連れて行かれる


「お前…いい加減に諦めろ。お前は俺の妻として生きていくしかない。それなのにあの態度はなんだ?
 俺がフォローしなかったら日野家の体裁が悪くなることも考えてないのか?
 つくづくガキだな」

そこには先ほど見た麗しい顔はなく、いつも見る冷たい顔の柚木しかいなかった


「嘘だったの…?あんなすぐによくでっち上げられるわね」

「本当だと思ったのか?ハッ…まさかお前、ときめいた?へぇ…お前も普通の女なんだな。
 とうとう俺に惚れたの?それとも身体で俺から離れられなくなった?」

柚木は軽く笑うと香穂子をベッドへと突き飛ばしその上にのしかかる

「望みどおり抱いてやるよ」

ドレスの上から柚木に胸を掴まれる

「いやっ私に触らないで!」

「何だよ…さっきは顔を赤くして俺に見とれてたじゃないか?」

柚木が服を脱がせながら軽く笑う

確かに柚木の言った通りだった。不覚にも柚木の言葉に頬を染めたこと、それは正しい。

しかし、だからと言って柚木のことを想えるほど、香穂子は和樹との想いを断ち切れたわけではなかった。

「あなたとなんて本当は結婚したくなかった」

柚木を睨みつけながら、先ほど言った言葉を本人にぶつける

柚木はそれを意地悪そうな笑顔で聞いた

「そうだろうね?本当に嫌がってたもんな、初めて抱いた時も」

そういうと香穂子の身体に舌を這わせだした

「やだっ…いやっ…」

香穂子の瞳から涙が溢れだす。最も耐えられない屈辱な時間がまた始まろうとしていた。

「かわいそうにね…嫌いな男に毎日抱かれて…
 お前のその顔を見るのは俺としては悪くない
 だから、やめてなんてあげないよ?」



香穂子の中の砂時計が一刻一刻とその時を失っていく

我慢という時間が














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<あとがき>
イマイチ柚木さまを完全ブラックにしきれてない気がする魚月ですが…
そんなことないですか?←常にドキドキ