マイ・フェア・レディ
〜プロローグ〜
全く…退屈な人生だね…
将来は柚木の事業を継いで
常に兄達の下…
子どもはわがままを言って良いとか
子どもはやりたいことをやれば良いとか
子どもは自由だ
自由…?
なんて嘘だ
感情をコントロールして
祖母や家の思うように過ごすこと
物心ついた時からのそれが日課
14年という俺の短い人生だけれど
それが常だ
ただそれだけのこと
まぁ…そう考えれば楽なのかもしれない
本当に退屈で仕方ない…
俺は暇を見つけてはここへ来て
フルートを吹くことが日課だ
ここは離れの奥にある庭園
何でも先代の時からのものらしく
祖母がお気に召さないとかで
ここに寄るものは皆無に等しい
だけど…いや、だからこそ
俺にとってはここが心休まる場所なのかもしれない
枯山水の中の大きな石に腰かけながら
俺はフルートを奏でる
そうだな…こんな気分の時は
フォーレが良いかもしれない
ここでだけは俺が“俺”を解放できる
パチパチパチ
驚いて拍手がする方を見ると
そこには一人の少女が立っていた
「すっごい綺麗な音だね♪
フルートっていうんでしょ?」
俺はものすごく怪訝な顔で彼女を見た
柚木の家に出入りしている人間ではないことは明白だ
彼女は制服を着ているし、
第一こんな場所は柚木の人間でさえ忘れているはずだろうから
俺のその様子に気づいたのか彼女がこう続ける
「あっあの…怪しい者じゃありません。
道を歩いてたら、綺麗な音がしたから、
塀、乗り越えてきちゃった♪」
「!!!!」
その無邪気な表情が余計に俺の癇に障る
こ…こいつはバカか?
いやバカだろう。
利益は皆無…むしろ関わった方が損だ
咄嗟にそう判断した俺は“俺”で対応することにした
「『乗り越えってきちゃった』じゃない
不法侵入という言葉を知らないわけじゃないだろう?
さっさと出て行け。バカは嫌いだ。」
そう言うと彼女はしゅんと項垂れた
いや…待てよ
立ち去ろうとした俺は彼女を再び見た
しまった…!
俺としたことが彼女の制服は
妹も、昔は祖母も通っていたという
聖蘭女学院の制服ではないか
「お前、聖蘭の生徒なのか?」
「え?うん。ここ有名なの?」
「有名も何も…」
通っているのにその有名さを
知らないなんてやっぱりバカだ…
聖蘭はお嬢様学校として名高い名門校だ
「私、今年こっちに引っ越してきたの。
前は京都に住んでたの。」
俺はようやく納得した
しかし、何でこんな奴が入れたんだ?
こいつからの家柄の気品などは一切感じられない
不可解だ…
「やっぱり聖蘭ってすごいとこなんだね〜
学校でもなんか浮いてる気がするよ」
「そうだろうな。
塀を乗り越えている時点で問題外だろうな」
「うぅ…。この間までは庶民の学校だったのに…」
「…中学生になってまで塀を乗り越えるって
時点での問題だ。」
「もう!いいじゃん!
テーブルマナーとかさっぱりわかんないんだよね
私はおいしく食べられれば良いと思うんだけど」
おかしいよね?と彼女は俺に詰め寄る
それにしても…
本当の俺で接しているのに
何の戸惑いもないこの少女の神経の図太さには圧巻だ
いや、だからこそ聖蘭でもやっていけるのか…
俺の中である考えが浮かぶ
俺は口の端を上げて笑うと彼女にこう言った
「俺がお前に教えてやるよ
今からお前は俺の玩具だ」
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