コンクールが終わり、俺は一人の少女に心を奪われていた


日野香穂子…


彼女は素人にも関わらず俺の音楽観までも変えるほどの実力を持っていた


いや…それだけじゃない……


彼女が俺を呼ぶ声も


じっと見つめてくる栗色の瞳にも


俺は心を奪われている…



音楽ではなく…彼女に心を奪われていると思う



―――これを…恋というのだろうか……



俺は自分の中に芽生えた初めての感覚に戸惑っていた




だからといってどうしたら良いのか


ただ、彼女に接する度に高まる胸の鼓動が俺を焦らせる



なんとかしなくてはいけない……


なにもできない…


わからない…




これほど苦しいものなのか…



ヴァイオリンにすら集中できない

俺は練習室での練習を早々に切り上げ


帰路に着くことにした




「あっれ〜月森くん早いねぇ!」

遠くから俺を呼ぶ声は恐らく天羽さんだろう…


彼女に巻き込まれるとロクなことがない…


俺は聞こえなかったフリをしてスタスタと歩き出す


「ちょっと〜!無視はないでしょ?聞こえてるくせに!」

記者魂というべきなのか、天羽さんは俺に追いついてきた



「私だっていつでも取材ばっかりしてる訳じゃないんだけど?
 そんなに避けないでよ。ね?」

いかにも次回の取材のために…といったような彼女の姿勢に
俺は呆れを通り越して、むしろ感心する



「あれっ香穂じゃない?今日も加地くんと朝練するのかな?」

天羽さんの視線の先には日野と…加地と呼ばれた男が隣にいた


「ホンっとラブラブってゆーかさ〜
 香穂も加地くんに言い寄られてついに陥落したのかな?
 まぁ、あれだけ言われてればムリないか。」


「どういうことだろうか…」


さっきまで天羽さんの話はどうでも良かったはずなのに
日野が絡むと途端に重要に思えてくる


「知らないの?まぁ…音楽科までは噂がいってないのかな…
 香穂と加地くんは付き合ってるんだよ〜」


「日野が…?」


それからの天羽さんとの会話は覚えていない…


彼女が他の男と付き合っていることに俺はひどくショックをうけた


先ほどの苦しい想いが更に俺の心を締め付ける


彼女へのこの気持ちをどう処理して良いのかわからない…



そんなモヤモヤした心のままで俺は練習室へと向かおうとしている彼女に会った




「月森くん、なんだか久しぶりだね」


俺の名前を呼ぶ声

にっこりと俺を見つめる瞳…


彼女への想いが段々と高まってしまう



「あぁ…」



こんな時も俺は満足に会話を続けられない


そんな自分がもどかしくてたまらない…


「あ…練習時間、削っちゃうよね?
 ごめん、それじゃ…」


立ち去ろうとする彼女の手を俺は咄嗟に掴んだ


「あ……済まない……だが…違うんだ…君なら構わない…」


日野が、掴まれた手と俺の顔を交互に見つめた


「その……君になら練習時間が削られても構わない……
 なんというか…君と話していたい……」


意味がわからないと言った日野の表情を見て

彼女の手を握る力が更に強くなる…




「君の心に誰がいようとも…忘れないでほしい
 俺が君を想っているということを」


「ちょっ…ちょっと待ってよ!?
 私の心に誰がいようともって?」


俺も不可解な顔をして日野を見つめる


「恋人が……いるのだろう?」


「あーのーね、それは噂!
 私は…そんな人いないよ…月森くんが好きだし」


日野がハッとして自分の口を押さえる


「月森くんと会えたら良いなって思って…
 朝練もずっとしてただけってゆーか……///」


「それなら……これからは俺と練習すれば良い……
 いや…そうして欲しい……」


「………うん///」



俺は掴んでいた手を離して彼女の指をそっと包み込んだ



今までの苦しい思いが温かなものへと変化していくのがわかる


彼女が


彼女が


本当に愛しい……



俺が音楽以外に心奪われるとしたら彼女だけだろう…








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<あとがき>
ホントはもっとダークに…と考えていたのですが、なんだかピュアピュア作品に
仕上がりました;;;
おっ俺が書くような作品じゃねーーーっ!



そして、ヘタ蓮っぷりがあんまり出せなかったのではと、かーなーり不安です;;
リクエストしてくださった天水さま、ありがとうございました♪♪ どうぞ、これに懲りずにこれからも宜しくお願いしま〜す。