[PR] この広告は3ヶ月以上更新がないため表示されています。
ホームページを更新後24時間以内に表示されなくなります。





日ごとに変わる音色に










そう…最初はとても耳障りな音だった…

そうだったはずなのに…




「もうちょっと滑らかにした方が良いのかな?」

「そのままで良いと思う…あまり滑らかにしすぎても、後半への盛り上がりに欠けてしまうから」


初めて会った時は彼女と関わることなど時間の無駄だと思った

ヴァイオリンのことも何も知らずに弾いている彼女に苛立たしくなった事は数えきれない



そうだったはずなのに…


何故、今こうして彼女と練習を共にしているんだろう


気がつけば学院の時計が下校時刻を告げる


「月森くん、すっかり遅くなっちゃってごめんね。いつもありがとう」

「いや……構わない。それに君のためにやっていることではない。俺が練習したいからだ。」

「うん、わかってるけど…ありがとう。」


日野が笑顔で俺に礼を言う

見ていられなくて瞳を逸らした

何なんだろう…

俺はどうしたというんだ


耳障りだった彼女の音も徐々に心地よくなって、ずっと聴いていたいと思うようになるなんて

そればかりではなく、彼女の傍にいることにも心地よくなっているだなんて

もう遅いと思ったから俺は彼女を家まで送っていった

――『遅いと思ったから』ただ…それだけだ



「月森くん、明日もまた一緒に練習してくれる?」

「俺にとって毎日練習することは必然だ。それが君と一緒になったとしても…ただそれだけのことだ」


日野からの言葉は嬉しかった。

俺はこうして言われることを待っていた。

なのに、こんな言葉しか返せない。

日野は俺の言葉を気にしていないのか笑顔で手を振っていた





彼女がますますわからない。


自室に戻って練習しているのに彼女の音が耳に残る


あたたかくて…どこまでも優しい…

心が陽だまりに包まれるようだ



どうして日野は俺と一緒に練習するのだろう?

ライバルの偵察をしているのだろうか?

いや…彼女はそんな人間ではない…


――彼女はそんな人間ではない?


何故、俺はそんな風に思うのだろう…


集中できなくて結局、夜通し練習してしまった

何故だろう…この気持ちを消化できない…

どう処理したら良いのかわからない







「月森くーん」


今、何か声が聞こえた気がした


「月森くん」


空耳ではないはずだ


窓を開けて外を見ると、日野が笑顔で手を振っていた

彼女は何をしているんだ?


仕方なく、制服に着替えて下へと降りていく



あぁ…彼女の音を意識したのは、あの時からだったのかもしれない



合宿の時、いつのまにか寝てしまった俺は彼女の音色で目を覚ました

今日のように彼女は窓の下にいた

彼女が奏でる音色が優しくて俺はその音に重ね合わせた


俺たちのアヴェ・マリアが溶け合って…弾いていてすごく心地よかった…

あんな音…初めて出せた気がした…




「日野、何か用だろうか?」

俺は淡々と彼女に尋ねた

「うん…特に用じゃないんだけど
 …ここらへん通りかかったから、どうせなら一緒に行こうかなって思って」

日野がしどろもどろになって答える


「通りかかった?君の家とは逆の気がするが…」

「だから、ここの近くに用事があったの…そのついでだもん…」

段々と彼女の声が小さくなる


「よくわからないが…ここから学院までの道は同じわけだし…」

俺は彼女と共に歩きだした


日野の行動はよくわからない

だが、俺は彼女がこうして家に来たことが不快ではない

あまり他人には干渉して欲しくないが彼女になら構わないと思った



「日野…」

俺は彼女をじっと見つめた

彼女と居る時に感じるこの気持ちはいったい何なんだろう?

彼女の中に答えを見いだせるのではないかと思った

「なに…?」

日野がそう言いながら俺から顔を逸らした


困ったように眉を下げて落ち着かない様子だった

さっきまでのあの窓の下での勢いはどうしたのだろう


「君から近づいてきたのではないのか…?」

「えっ?」

「君のことがわからない…近づいたと思うのに、なぜ俺から瞳を逸らす…?」

「それはっ…」

日野が再び俺の顔をみると頬を染めていった


「月森くんの意地悪…」

絞り出すような声で日野が言う

「……?どういうことだろうか?」

俺の問いには答えず、日野が先を歩く


「日野、俺は本当にわからないから聞いている。君は教えてくれないのか?
 どういうことなのか」

日野が立ち止まった

彼女に追いつこうと早足で歩いていたため、危うく彼女にぶつかりそうになる

そのためか振り向いた彼女の髪が揺れた時に、ふんわりとした甘い香りがした

こんなに近くで彼女を見るのは初めてかもしれない

俺はバツが悪くなって彼女との間に距離を取った

なんだ…胸の鼓動が速くなった気がする…
甘い香りに酔わされたのだろうか


「そんなこと…言えないよ…」

日野が赤い顔をして俺を見つめる

瞳は潤んでいて、今にも泣きそうだった


「なぜ……?」

俺には彼女が感情的になる理由がわからない

「どうしてそんなこと聞くの?理由が必要?理由がないとダメ?」

日野の言葉に俺は少し黙ってから彼女にこう切り出す

「君のことは、最初に出会った時は不快だった…
 なぜ、こんな素人がヴァイオリンを弾いているのかと…
 だが、君が毎日違った音色を奏でる度に俺の気持ちが徐々に変わった…
 それだけではない。君の音色をずっと聴いていたいと思った…そして君に傍にいて欲しいと思った」

「え?」と日野が俺の瞳を見つめる

「なぜ、こう思うのかわからない。だが君に干渉されることも、毎日一緒にいることも、心地いい。
 俺はこの気持ちをどう表現したら良いのかわからない。
 だから、その張本人である君ならわかると思った。」

「そんなこと言われても…」

日野が瞳を泳がす

「君はなぜ俺から逃げようとした?それなのになぜ俺に近づく?」

再び、同じ問いをした

「私も…月森くんの傍にいたいから……それだけ」

「傍にいたいのになぜ逃げたんだ…?」

「それは!恥ずかしかったから!」

日野がもう聞かないで欲しいというような顔で俺をにらむ



「君の気持ちもわからない…」


俺は、やがてこの気持ちに気づく

彼女が奏でる『愛の挨拶』によって















*****************************************************************************
<あとがき>
蓮くん×香穂ちゃんはできるだけ純情路線で書きたい魚月
なかなか自分にとっては難しいです。精一杯です。
合宿のバルコニーでの逆ロミオとジュリエット的な画が自分的には一番好きなシーンです