コンサートが終わって、私は葵くんと付き合っていた
葵くんは何をするにもスマートで、優しくて、その上に本当にかっこいい
なんで葵くんみたいな人が私なんかを…
「香穂さん、どうしたの?そんな顔して」
葵くんに不意に話しかけられる
「あっあっ葵くんっ」
咄嗟のことに私は動揺してしまう
付き合っているのに、私は未だに葵くんとまともに話せないし、ドキドキしちゃう
「悩み事?」
隣の席に座ると葵くんにそう言われた
「悩み事っていうか…別にそういうわけじゃないんだけど…」
熱くなる頬を何とかしたい…そう思いながら私は手でハタハタと扇いだ
「ねぇ、香穂さん?もし何か悩んでるんなら僕に話して?君のために僕ができることは何でもするから」
碧い瞳を輝かせて私を見つめる
悩み事を葵くんに…?
そんなこと言えない…“葵くんは私のどこが好き?”“本当に私のことが好き?”なんて…
だってこんなの女の子のつまらない悩み事だし
そんなこと言って葵くんに面倒だなって思われたら嫌
そんなこと言って葵くんに嫌われたら嫌だもん
「違うの…悩み事っていうか…今日、月森くんと土浦くんと練習だからケンカになったら困るなぁとか」
「あぁ…あの二人?確かに意見が合わない時もあるけれど、二人とも素晴らしい技術を持ってる。
きっと香穂さんのためになるよ」
葵くんが笑顔で私を見る
こういう時、心にチクッとトゲが刺さったみたいになる…
葵くんは私が他の男の子と居ても何も感じないのかなぁ…?
私はいつも不安で…イライラして…
思わず、話してる女の子との間に入っちゃいたいって思ったことだってある
それなのに…
――きっと香穂さんのためになるよ
何それ…
葵くんはいっつもそう
「僕、図書室で待ってるよ。練習が終わったら教えて?迎えに行くから」
放課後に葵くんがそう言った
私は下を向いてスカートを握りしめた
モヤモヤしてくる
「待ってなくて良いよ」
「え?」
少し歩き始めていた葵くんが振り返る
「私、月森くんと帰るから。待ってなくて良いよ。」
「でも…」
「葵くん、遠回りでしょ?それに私に付き合って残ってることもないし…
私だって月森くんにヴァイオリンのこと聞きたいし」
――何でそんなこと言うんだって言って…
――お願いだから怒って
そう願いながら見上げると葵くんは変わらず、とろけるような笑顔を私に向けた
「そう…だね。ごめん。月森ならきっととても良いアドバイスをくれると思うよ。
じゃあ、先に帰るね」
結局、葵くんはそう言って帰ってしまった
何それ!
私はイライラしながら、月森くんと土浦くんがいる練習室へと向かう
「日野…音が尖っている…もっと滑らかに弾かなくてはダメだ…」
当然のように月森くんから注意される
「ごめんなさい」
はぁ…本当に何をやってるんだろう…こんな気持ちで練習に参加したって二人に失礼なだけなのに
結局、その日はあまり練習にならなかった。途中で公園で練習したくて一人で帰る。
♪〜〜〜〜〜
葵くんが好きな弦楽四重奏「アメリカ」
今日…やっぱり待っててもらえば良かった
こんなに葵くんのことが好きなのに…好きなのは私だけなのかな?
あんなこと言って葵くんが嫌な子だって思ったら?
でも…好きなら、あれだけで帰るかな?
ギギッ
集中できない…心の乱れが音に現れてどうしようもない…
――君のヴァイオリンが好きだよ
最初…そう言ってくれた
葵くんが誉めてくれたヴァイオリンまで上手く弾けなくて…私、バカみたい
好きな人と両想いなのに…こんなに苦しいなんて…
好きだから不安になる…好きだから弱気になる…
相手に思われてるって幸せをもらう代わりに私は勇気を失くしてしまったみたいだ
翌日の放課後、葵くんは普段と変わらなかった
「昨日、月森に色々質問できた?」
「………うん」
本当は質問もなかったんだけど…
「良かった…じゃあ、今日も練習していくんだよ…ね?
僕は帰るね…香穂さん、また明日。」
葵くんが私に背中を向ける
――待ってなくて良い
確かに私が言ったけど…でも…
「なんで?どうして帰るの?」
「え…?」
葵くんが振り返る
「私が帰ってって言ったら帰るの?じゃあ私が別れるって言ったら別れるの?
葵くんは何とも思わないの?私が男の子と一緒にいても…どうでも良いの?
私ばっかり好きで……バカみたい」
私は思ってたことを一気に言った
葵くんはそんな私の言葉を呆然としながら聞いている
「何とか言いなよっ!」
無言の葵くんに痺れを切らしてつい声を荒げてしまった
呆れてるの…?
無言をそう解釈した私は鞄を持って練習室に向かおうとした
「……ほんとは」
葵くんがそんな私の手を掴む
「本当はすごく苦しかった」
見上げると葵くんは切なそうな瞳をして私を見つめていた
「君は女神なのに…僕なんかが独り占めして良いのかとずっと思ってきた。
君みたいな素晴らしい演奏家は、コンクール参加者のような人と接するのは当然なんだと…
いつも言い聞かせてきた。
僕の恋心で君の邪魔をしてはいけないとずっとそう思ってた。
それでも君は僕のわがままを聞いてくれるの?
嬉しすぎてどうにかなってしまいそうだよ…言わせて…君が好きだよ…何者にも変えられない。」
そう言うと力強い葵くんの腕に抱きしめられる
「僕だけの女の子になってくれる?」
葵くんの胸に顔を埋めながら私はその言葉を聞いた
なんだろう…心のモヤモヤが徐々に消えていく気がする
そして私の心にじわじわと甘やかな温かさが広がってくる
「………ずっとそう言って欲しかった」
「うん、ごめん…これからはずっと待ってるから。
そうだ。待ってるなら練習室にいても良いかな?
ふふっ君の音色も聴けて、君は僕の彼女なんだって伝えることもできて一石二鳥だよね。
こんな幸せってあるのかな」
好きだから不安になる…好きだから弱気になる…
相手に思われてるってことで更に私は幸せになる
言葉一つでこんなに不安が溶けていく
両想いだからこそ味わえる最高の甘さ
彼のとろける笑顔がデザート以上の日々を私にくれそうな予感をさせた
*****************************************************************************
<あとがき>
香穂ちゃんに散々「私バカみたい」と言わせていますが、バカなのは魚月です。
甘くをモットーに頑張りましたが、どうでしょう?;
加地葵にどこまでも盲目な魚月でした。
|